勝てば官軍という話
、、を歴史の脆さに触れつつ綴ろうと思い、その極端な一例として島根県の猟奇的犯罪を取り上げようとしてぽちぽち調べてたら、そもそもの母数が少なくサンプルとして不適であったけれど陰謀論に結びつけるなかなか吹っ飛んだページに辿り着いて、結果的に良いサンプルが得られそうだったという話。
①勝てば官軍とは
たとえ道理にそむいていても、戦いに勝った者が正義となり、負けた者は不正となる。物事は勝敗によって正邪善悪が決まるということ。
「官軍」とは、時の朝廷や政府に味方する軍勢のことで、明治維新で敗れた幕府は賊軍の汚名に泣いたという。
「賊軍」は「官軍」の反語で、朝廷や政府の意思にそぐわないとされた側の軍のこと。
単に「勝てば官軍」とも。
(余談ですけど何処かで見た勝者は歴史を作り、敗者は文学を作るという言葉が好きです。)
華金なのに何も予定のない今日、何千何万回も議論され啓蒙されてきたであろう歴史の脆さにあえて触れます。
②歴史とは
- 作者: E.H.カー,E.H. Carr,清水幾太郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1962/03/20
- メディア: 新書
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大学のゼミで読んだ一冊。
「歴史は現在と過去の対話である」
この本で書かれているのは、
⑴客観的な歴史は存在しないこと
⑵なぜなら歴史編纂において歴史的事実の選択に編纂者の恣意的な動作が含まれるから
⑶つまり歴史は歴史書を書いた人のその時代に向けてのメッセージであること
⑷歴史を学ぶ上で、その歴史書が書かれた背景に目を向け、著者にどのような歴史観があるか配慮しなければならないこと
ざっくりこんな感じです。あとちょいちょい僕が知らない過去の歴史学者をdisってます。
例えば世界史や日本史の教科書は絶対的な歴史では断じてなく、現代を生きる中高生に知っていてほしいという観点から、人類史が始まり現在に至るまでの膨大な事象から取捨選択され編纂されたもので、当たり前ですが不要と判断されたものの方が多く、うがった見方をするなら知られたくないことはぼやかされたり闇に葬られたりしてしまっているわけですね。
歴史にそういった側面があるからこそ、トンデモ陰謀論があながち全部否定できなかったりするんですね。
陰謀論こそ分かりやすい一例で、陰謀論者が現在を生きる我々に不安を煽りたいがために、何かしら共通因子を含んだ歴史的事象を収集して歴史を再構築していると言えますね。
③じゃあ僕も歴史を作ってみよう
「島根県民最恐説」を唱えるために、島根県の凶悪犯罪や歴史的悪人をあつめてこじつけてみようと考えました。
このへんしか出てきませんでした。
2009年11月6日に発覚。島根の女子大生がバラバラ死体で見つかるも犯人見つからず長らく未解決でしたが1年前くらいに急展開、犯人分かったけど犯行の2週間後に事故死してました、という事件。
2009年当時、僕は島根の高校生でしたが、本件なかなかなかなか印象に残っていて、昨年ニュースを見てそうなんだ解決したんか、なんか煮え切らない終わり方したなあとぼんやり考えてました。
本件僕は何の疑いもなくニュースを見ていましたが、ネットを見てると陰謀論者はここにも湧いていました。気になる人は調べてみてください。
CIAとか出てきてなかなか面白いのですが、でもまあ確かに7年間何も動きがなかったのに突然デジカメのデータでてきました犯人こいつです死んでます、は違和感はありますね。
僕はこれ以上何もいうまい。
⑤おわりに
偏向報道が叫ばれる昨今、僕もまたメディアの在り方に疑問を感じることは多々ありますが、偏向報道を叫ぶ世論を形成している何かにも同様に疑念を感じます。
マスコミ叩いておけばいいや的な風潮も、視聴者を馬鹿にしたような番組しか流せないメディアも、どっちもしょうもないなと思わずにはいられなくて、陰謀論者になりたいわけではないけれど、一次資料への意識を忘れずに自分のために必要な情報を自分で選びとる、誰が官軍なのかを考えられるマンになりたいですね。
びっくりするくらいとっちらかった内容になってしまった。
僕にこんな暇つぶしをさせない為にも金曜日の夜は誰か飲み会に誘ってね。